前庭疾患

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前庭疾患とは?

犬の耳構造
犬の耳構造

 前庭疾患(ぜんていしっかん)とは、様々な原因で平衡感覚を失ってしまう病気全般を指します。

 動物には、両側の耳の鼓膜の奥に、蝸牛(かぎゅう)、前庭(ぜんてい)、三半規管(さんはんきかん)の3つがあり、このうち前庭と三半規管は平衡感覚に関わる器官です。この三半規管が感知した頭の動きや位置が神経を通じて脳幹へ伝えられ、「平衡感覚」が生まれます。片側の三半規管やその信号を受け取る脳幹が機能しないと、世界がグルグルと回ってしまうような感覚に陥り、めまいやひどいふらつきが起こります。

 ドーベルマン・ピンシャーやジャーマン・シェパード、柴犬などのいくつかの犬種は遺伝的に前庭疾患を起こしやすく、子犬のときから症状が現れることもあると報告されています。猫では特発性(原因不明)の末梢性前庭障害が比較的よく見られ、遺伝による先天性の前庭疾患は、シャム、バーミーズ、ペルシャ、トンキニーズで報告されています。

前庭疾患の原因

 前庭疾患の原因にはいくつあり、主に三半規管が障害を受ける場合と脳幹の障害が原因になる3つの場合がります。
①末梢性
 内耳やそこにつながる前庭神経が障害されて起こるもので、感染などによる中耳炎、内耳炎、ポリープ(猫)、前庭神経炎、異物や腫瘍、外傷、内耳に毒性のある薬物(アミノグリコシド/クロルヘキシジンなど)の投与、甲状腺機能低下症などが主な原因となります。
②中枢性
 小脳や、延髄にある前庭系の中枢に障害が発生することで起こり、脳梗塞、脳炎、脳出血、水頭症、脳脊髄炎、頭部の外傷、脳腫瘍、中毒(メトロニダゾール中毒など)、ビタミンB1欠乏、外傷などが原因となります。
③特発性
 各種検査によっても原因となる病気が特定できない前庭疾患です。特発性前庭症候群と呼ばれ、高齢の犬で比較的多く見られます。

前庭疾患の症状

 主な症状は一見して皆さんにも分かりやすいと思います。首が片側に傾き(捻転斜頚:ねんてんしゃけい)、眼を見ると一定のリズムで揺れ(眼振:がんしん)、歩こうとするとバランスを崩したり、一方向にグルグル回ってしまったりします。その他、人間のめまいや船酔に近い状態になるので、気分が悪く、元気がなく(元気消失)、嘔吐食欲不振なども起こります。これらの症状は突然または徐々に起こります。
 また、抱え上げられるとパニックになったり暗い場所や寝起きに症状が悪化することが多いのも前庭疾患の特徴です。
 ときに、両側の平衡感覚が異常を来たすと首の傾きや眼の揺れなどはそれほど認められず、特徴的な歩き方や首の動きをする事が多く、脚を上げたりジャンプする際にバランスを失ってフラつくことが多く見られます。

前庭疾患の診断/検査

 まず、問診、身体検査と神経学的検査を行います。その後、三半規管に異常があるのか脳幹に異常があるのかを見極め、追加検査を行います。必要に応じて、レントゲン検査や特に脳幹の病気の心配がある場合などにはCTやMRI検査(推奨:MRIを行うと内耳の病気も脳幹の病気も見ることができる)が必要になります。全身状態を把握するために血液検査血液化学検査尿検査ホルモン検査(甲状腺ホルモン検査)なども必要になることもあります。
 場合によっては特殊な電気生理学検査を行うこともありますが、一般の病院ではなかなかできるところはありません。

前庭疾患の治療

 前庭疾患の治療は原因によります。
 内耳炎やポリープは投薬や手術によって治療されることが多いですが、障害が重度な場合には治療をしても機能が完全には回復しないこともありますので早期の積極的な治療が大切です。
 三半規管に毒性のある薬(メトロニダゾール中毒など)によって起こった前庭疾患は、障害を受けた三半規管は治りませんが徐々に慣れて症状が改善する事があります。
 脳腫瘍、脳炎、脳梗塞などは原因の治療が大切ですが、脳幹は手術が非常に難しく、脳腫瘍の治療は一般的に非常に困難です。
 特発性前庭症候群の場合は有効性がはっきりとした治療法が今のところはありません。嘔吐などの症状がある場合は吐き止め、点滴(輸液療法)などの対症療法を行いながら、自然に回復を待つことも多いです。回復には数週間から数か月の時間がかかるといわれています。
 いずれの場合でも、後遺症として症状が残ることがあります。

前庭疾患の予防

 前庭疾患は耳の病気から起こることもあるために、外耳炎を予防し、内耳まで炎症が波及してしまうことを予防することが、前庭疾患の予防となります。
 それ以外の原因による場合や特発性では前触れもなく突然症状が出ることがほとんどで、予防法はありません。上記のような症状がみられた場合早めに当院にご相談頂くか、獣医師の診察を受けましょう。

前庭疾患の看護/その他

 前庭疾患は同時に聴覚が障害を受けることがあります。
 特発性急性前庭障害は原因不明の病気で急激にひどい症状が出ることが多いですが、2~3日後から徐々に改善し始め、数週間で回復することが多い病気です。
 首は傾いていても本人が真っ直ぐだという間隔があります。そのため食事や飲水が思ったようにできんかったり、気分が悪かったりしますので、水分や栄養の補給、酔止薬の投与などで補助してあげなくてはなりません。また。食事や飲水がうまくできない場合は、鼻もとに食事や水を持って行くと食べたり飲んだりできること多いので、サポートしてあげましょう。
 頭を枕で支えるなど、快適に休める場所を用意して、ヨロヨロしている犬は倒れたり物にぶつかったりしやすいので、階段は閉鎖して、家具の鋭い縁にも当たらないようにカバーをしておきましょう。
 動物自分は、何が起こっているかを理解できず、ストレスが溜まったり、ただ恐ろしく感じてしまうこともあります。いつもより多くなでてあげたり、あるいはできるだけ側にいてあげるだけでも、安心してくれるはずです。

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参考文献・資料等
  1. 猫の臨床Part3; 244-256:末梢性前庭疾患・内耳疾患
  2. 伴侶動物治療指針Vol4;  232-246:小脳・前庭疾患の診断と治療


<1>16頭の犬における原因不明の顔面神経障害および前庭神経障害
<2>前庭疾患の猫77頭の臨床症状、磁気共鳴映像法所見、および転帰: 回顧的研究
<3>在来短毛雑種猫に認められた両側性前庭疾患症候群: 映像およびCT検査所見
<4>犬の前庭障害の局在に対する神経学的検査所見の解釈の信頼性
<5>犬で全身性高血圧と関連した再発性前庭性発作
<6>前庭疾患:前庭症状を起こす疾患
<7>前庭疾患:解剖学、生理学、そして臨床症状
<8>猫の前庭疾患における臨床所見および磁気共鳴画像所見
<9>甲状腺機能低下症に関連した中枢性前庭疾患の犬10頭:1999-2005
<10>あなたの神経学的診断は何ですか? 脳腫瘍に続発した前庭疾患
<11>前庭疾患の犬における神経学的機能不全の症状に関する中枢性と末梢性との比較
<12>シドニーにおける犬の顔面神経麻痺に関する発生率、原因、治療結果、および考えられる危険因子の頭数(2001-2016年): 回顧的研究
<13>英国の一次診療動物病院での犬の前庭疾患:疫学と臨床管理
<14>頭部の磁気共鳴画像法を実施した犬で推定された小脳微小出血:個体群統計学上、臨床的関連性、および症例の転帰との関連性に関する回顧的研究
<15>前庭疾患の犬における内耳のfluid-attenuated inversion recovery MRIでの信号強度
<16>特発性前庭症候群の犬では、MRIでの卵形囊径の非対称性がそれ以外の犬よりも有意に大きい

[WR2106,VQ2106:前庭疾患]

■VMN Live

この記事を書いた人

福山達也