痴呆(認知症:認知機能不全症候群)

※電話などでの各種病気に関するお問い合わせは、通常診療業務に支障をきたしますので、当院をご利用のペットオーナー以外はご遠慮ください。まずはご自身のかかりつけ獣医師にお問い合わせください。ご理解とご協力をお願いいたします!

痴呆(認知症)とは?

 「痴呆(ちほう)」とは一般には「ボケ」とも言われます。これは、発育した脳が加齢などにより損傷されて、それまでに獲得していた知的能力が低下してしまっている状態で、現在では「認知症(にんちしょう)」「認知機能不全症候群(にんちきのうふぜんしょうこうぐん)」「認知機能低下症(にんちきのうていかしょう)」などとも言われます。

 近年では獣医療の進歩に伴いワンちゃんや猫ちゃんの高齢化が進み、その結果、老齢に伴う認知症が増加しています。カリフォルニア大学の研究では11〜12歳の約28%、15〜16歳の約68%の犬に認知機能障害が現われると報告されています。猫では11〜14歳の約30%、15歳以上の約50%で見られるとされています。

 また、犬では小型犬に多く、雄(オス)よりも雌(メス)に多く、未去勢雄よりも去勢雄に多い(長生きするから?)と報告されています。また、てんかんを持っていると発症しやすいとの報告もあります。

さらに、好発犬種としては柴犬や日本犬系の雑種がなりやすいと言われてますが、そうではなく年齢(加齢)が大きなリスク要因であるとする報告もあります。

 以前は、犬の痴呆症は人とおなじではないかと思われていましたが、最新の研究ではやや違うようだと分かってきました。現在ではどちらかというと猫の認知症のほうが人に近いと報告されています。

痴呆(認知症)の原因

 痴呆症は、未だに不明な部分が多い病気で、脳は酸化ストレス(フリーラジカル)の影響を受けやすいと言われれ、加齢により抗酸化物質の産生低下が影響しているのではと考えられています。その他の原因としては、老化や遺伝による脳神経の障害、脳の委縮変化や脳神経への毒性物質・蛋白物質の沈着、水頭症や脳腫瘍、てんかんなどの脳の疾患なども発症に関係していると考えられています。ある報告では、犬の認知症のリスクは、1年毎に約1.5倍上昇するとされています。

痴呆(認知症)の症状

 認知症(痴呆)の症状には様々なものがあり、個々の動物によりいろいろな症状がみられたり、すべての症状が一気に現れるのではなく、個々の症状が1つ、2つとゆっくり発症したりします。

 代表的な症状に、馴れた場所が分からなくなる。 部屋の出入り口を間違える。親しい人を認識できない。呼びかけに反応しない。物を避けずにぶつかる。通り抜けられないところを通ろうとして行き詰まる。壁の前でぼんやり立ち尽くす。こぼした餌をみつけられない。飼い主に対して甘える行動が減る。挨拶行動が減る。挨拶行動を繰り返す。食餌の要求を繰り返す。昼間よく寝て夜寝ない。一回の睡眠時間が短く、すぐに起きてしまう。昼夜が逆転したり 、夜鳴きする。トイレの場所を間違える、あるいは完全に分からなくなる。失禁や粗相をする。以前はできていたオスワリなどのコマンドに従うことができなくなる。刺激に対する反応が低下する。寝てばかりいて活動しない。探索行動が減少。無気力で、なんとなくぼんやりすることが増える。うろうろと歩き回る。あるいは円を描くように歩き続ける。狭いところや部屋の隅に頭を突っ込み出られない。過度に舐める行動をする。空中や物体を凝視する。噛み付く。無目的な咆哮(吠えること)。食欲の増加あるいは減退。攻撃性が増し。唸ったり咬んだりすることが増える。飼い主が近くにいないと要求もないのに鳴く。以前できていた留守番ができなくなる。これまで大丈夫だった状況や物に対して怖がるなどがあります。今までと違う行動をとるようになった場合は認知症の可能性があります。

 症状が見られるのは早くて7~8歳頃で、平均すると11歳頃から見られます。特に、13~15歳以上に多く見られます。

痴呆(認知症)の診断/検査

 基本的には症状から仮診断します。診断用のスコア表(▷犬認知症診断基準100点法:ダウンロードしてご自身で採点してみてください。)などもあります。また、オンラインでできるチェック(早めのチェックで知っておこう認知機能不全症候群)を利用されるといいでしょう。
 他の病気をルールアウトするために血液検査血液化学検査尿検査レントゲン検査超音波検査、CT検査、MRI検査などが必要になることもあります。

痴呆(認知症)の治療

 今のところ痴呆に確実に有効な治療法は確立されていません。また、完治も期待できませんので、早めに気づいてあげて、進行を遅らせる対処が必要です。そのためには、様々なことが提唱されています。

 まずは、環境修正行動修正です。生活環境をよりストレスのない状態にしてあげましょう。例えば、トイレを行きやすい場所にしてあげる。頻繁にトイレに連れて行ってあげる。フローリングを滑りにくいものにしたり、絨毯や滑り止めなどをひく。障害物などを取り除いてあげるなどです。また、適度なトレーニングや散歩を行うことも重要です
 さらに、知育玩具噛む玩具、ガム(グリニーズデンタルガムなど歯科用のガムを使うと効果的)を与えたり、。特にガムはそのままではなく隠したりして遊びの要素もいれるとよいと言われています。

 次に栄養学的修正で、EPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)などを含んだ高齢犬用フード(処方食)やサプリメント(栄養補助食品)を与えたりします。これらによって症状の改善や進行の抑制が期待できます。

 脳は脂肪を多く含み、 脂質を多く必要とする臓器です。脳神経の栄養補給にPCSO-524含有サプリメントを用いるのも補助治療の一つです。

▲上記のてんかん用療法食は当院でも処方可能です。当院での診察・診断・処方後オンラインでのご購入となります。詳しくは当院にお尋ね下さい。

他には、抗酸化作用のあるサプリメントである、メイベットDC。リラックス作用のあるサプリメントであるジルケーン75mg225mg)などが用いられています。
※ジルケーンは当院でも販売しております(常時販売数に限りがありますが、ご予約いただければ通常翌日〜翌々日には入荷します)。

 また、認知症改善薬を投与したり、夜なきなどがひどい場合には精神安定剤、鎮静剤、ホルモン剤、サプリメントなどを投与することもありますが、これらは治療ではありません。猫では、ストレス軽減に猫のフェロモンも有効かもしれないと言われています。

なお、当院では必要に応じて海外から輸入した薬剤やサプリメントを用いる場合もあります。

痴呆(認知症)の予防

 脂肪酸のサプリメントの投与が発症予防に有効だといわれていますが、認知症の予防は難しいため、早期発見・早期治療が大切です。また、高齢になっても、散歩や運動、飼育者とのスキンシップなどの刺激を与えることで、病気の発症の予防・進行を遅らせることができる可能性があるといわれています。すでに発症してしまった場合、ワンちゃんに適した環境を維持してあげることが他の病気の発症の予防となります。快適な温度や湿度を保ち事故が起こらないような安全な環境を配慮してあげましょう。また、排泄排尿の世話などを徹底し、体の清潔を保ち、皮膚炎、床ずれなどの発症を予防してあげましょう。

 動物も老齢になると、いろいろな病気を患うようになります。勝手に認知症だと思い込み、似た症状を持つ他の病気を見過ごすこともありますので、動物病院で定期検診を受けるようにしましょう。

痴呆(認知症)の看護/その他

 認知症の場合、ペットオーナーが気づいていない、あるいは加齢のためと放置されている場合が多いと報告されていますので、昼間ずっと寝ていたり、呼びかけに反応しなくなったりするのは、認知症でよく見られる徴候です。認知症が悪化すると生活のリズムが昼夜逆転して夜鳴きをしたり、怒りやすくなるといった症状があらわれ、ペットオーナーもストレスを感じてしまいます。「高齢だから…」と身過ごさず、「おかしいかな?」と思ったら、早めにに当院にご相談ください。

夜泣きに伴い、飼育者の不眠や隣近所への影響などが問題になることも多く見られます。今は様々な薬があり、当院では許可を得て国内未発売の薬剤も輸入して用いています。早めにご相談ください。

 ご家庭では、飼育環境の改善(十分な空間と安全な足場の確保、保護材の設置)や、十分な栄養管理と規則正しい食事・運動・トレーニングなどを心がけましょう。日常的な刺激が少ないほど認知症なりやすい傾向があります。シニア期に突入しても、無理のない範囲で散歩に連れて行き、できるだけ声を多くかけたり遊んだり、体を軽くマッサージしてあげると脳にも筋肉にもよい刺激となりますので、心がけることをお勧めします。

部屋の隅で動けずにいるようなことが多い場合には、円形のエンドレスケージや広めのケージを利用すると良いでしょう。エンドレスケージ内で、犬はぐるぐる回り続け、歩き疲れれば眠るようになるため、夜中に鳴き騒ぐといったことが減少します。

引っ越しをして住む環境が変わる、粗相をしてしまい叱られるなど、大きなストレスがかかると一気に認知機能が低下することがあります。シニア犬と暮らしていく上では、なるべく環境変化を最小限にしておくことが予防につながります。

猫の認知症予備軍チェック

猫を飼育している方は以下の「猫認知症予備軍チェック」をしてみてください。このチェックが多ければ多いほど認知症の可能性がります。早めに当院にご相談頂くか、獣医師の診察を受けてください。
□7歳以上だ
□日中寝てばかりいるのに、夜中に起きている
□夜中にひどく鳴くようになった
□眠りが浅くなり目覚めやすくなった
□トイレの場所が分からなくなって、粗相をするようになった
□部屋の中を目的もなく、歩き回るようになった
□以前よりベッタリくっついてくるようになった
□フードをあげてもすぐに欲しがる
□体の一部を繰り返ししつこく舐めるようになった

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参考文献・資料等
  1. 犬の内科診療 Part2; 462-466:認知機能不全症候群
  2. 猫の臨床指針 Vol.3; 407-410:認知機能低下症
  3. Under diagnosis of canine cognitive dysfunction: a cross-sectional survey of older companion dogs.
  4. 認知機能不全症候群の診断と治療<前編>
  5. 伴侶動物治療指針Vol.12;382-397:猫の高齢性認知機能不全の徴候と緩和療法
  6. 犬の認知症リスクは1年毎に1.5倍、リスクに大差が出た他の要素も
  7. 犬と猫の高齢性認知機能不全


<1>犬の認知機能不全に関する臨床評価のための2種のスクリーニング問診票の比較
<2>大脳および小脳の重度の圧迫を生じた犬の頭蓋尾側の多小葉性腫瘍
<3>落ち着きのない高齢犬の鑑別診断の進め方
<4>今月の動物行動科症例 音恐怖症、認知機能障害、分離不安、関心を求める行動、および獣医学的原因
<5>認知機能障害のある犬と無い犬における脳萎縮の指標としての視床間橋サイズの評価
<6>行動治療に用いる向精神薬の選択
<7>認知機能障害(認知症)のある犬と無い犬における脳萎縮に対する判断基準としての視床間橋厚の測定

この記事を書いた人

福山達也