リビングからキッチンへ行けば、後ろからトコトコ。
洗面所へ行ってもついてきて、
ときにはトイレの前で待っている……。
「どうしてそんなについてくるの?」
と思ったことはありませんか?
犬が飼い主のあとをついて歩く理由は、一つではありません。
「飼い主が大好きだから」というのも理由の一つかもしれませんが、
犬と人との関係を調べた研究からは、
もう少し複雑で興味深い犬の行動が見えてきます。
犬にとって飼い主は「安全基地」?
犬と飼い主の関係を考えるうえで、
興味深い考え方の一つに
「安全基地(secure base)」があります。
これは、安心できる相手がそばにいることで、
周囲を探索したり、新しいことに挑戦したりしやすくなるという考え方です。
もともとは人の子どもと養育者との愛着研究で使われてきた概念ですが、
犬と飼い主の関係でも研究されています。
2013年にHornらが行った実験では、
犬に食べ物が入った装置を操作する課題を与え、
「飼い主がいる」「飼い主がいない」
「知らない人がいる」などの条件を比較しました。
その結果、犬は飼い主がそばにいるときの方が、
飼い主がいないときより長く課題に取り組みました。
さらに興味深いことに、
知らない人がそばにいるだけでは同じ効果はみられませんでした。
つまり犬にとって飼い主は、
単に「近くにいる人」ではなく、
新しい環境を探索したり行動したりするときの
特別な存在になっている可能性があります。
「これ、大丈夫?」と飼い主を確認することも
犬は、分からないことが起きたときに
人の反応を参考にすることがあります。
このように、ほかの個体の反応から情報を得て
自分の行動を調整することを
「社会的参照(social referencing)」
といいます。
犬を見慣れない物体の前に連れて行った実験では、
多くの犬がその物体を見たあとに飼い主の方を見て、
飼い主から情報を得ようとするような行動を示しました。
また別の研究では、
飼い主がその物体に対して肯定的な反応をするか、
否定的な反応をするかによって、
犬の物体への近づき方などに違いがみられています。
散歩中に初めて見るものに出会った犬が、
一度立ち止まって飼い主の顔を見ることがあります。
そんなとき犬は、
「これは大丈夫なのかな?」と、
私たちの反応を一つの情報として利用している
のかもしれません。
だから家の中でもついてくる?
ここで少し注意が必要です。
「安全基地」や「社会的参照」の研究は、
犬が家の中で飼い主のあとを歩く理由そのものを
直接証明した研究ではありません。
犬が家の中でついてくる行動には、
いくつもの理由が考えられます。
- 飼い主のそばにいること自体を好んでいる
- 飼い主の行動を確認している
- 一緒にいることで安心できる
- 「何か面白いことが起きるかも」と期待している
- 食事や散歩などを期待している
- 過去の経験から、ついていくと良いことが起きると学習している
例えば、飼い主がキッチンへ行くたびに
おやつをもらった経験があれば、
「キッチンへついていくと良いことがある」
と学習していても不思議ではありません。
玄関へ向かえば「散歩?」、
冷蔵庫を開ければ「何かもらえる?」。
犬は私たちが思っている以上に、
日常生活のパターンをよく観察しています。
「トイレまでついてくる」のはなぜ?
飼い主さんからよく聞くのが、
「うちの犬、トイレまでついてくるんです」
という話です。ちなみにうちの新入り愛犬も妻についていきます。。。w
これについて、
「犬は群れで生活する動物だから、一人にしてはいけないと思っている」
などと説明されることがあります。
しかし、犬の行動を何でも
「オオカミの群れの習性」で説明するのは適切ではありません。
実際には、
飼い主との社会的な関係、日々の学習、
その犬自身の性格や生活環境など、
複数の要因が関係していると考える方が自然です。
そして犬にしてみれば、
「トイレ」という人間側の事情は分かりません。
いつも一緒にいる人が立ち上がってどこかへ行けば、
「どこ行くの?」と一緒についていく。
案外、それくらい自然な行動なのかもしれません。
ついてくる=「分離不安」ではありません
ここは、とても大切なポイントです。
飼い主のあとをよくついて歩く犬を見て、
「この子は分離不安なのでは?」
と心配されることがあります。
しかし、
飼い主について歩くという行動だけで、
分離不安や分離関連問題と判断することはできません。
普段は飼い主について歩いていても、
留守番になると自分のベッドで落ち着いて眠れる犬なら、
それだけで病的な状態とはいえません。
一方、飼い主がいなくなったときに、
強い苦痛を示す場合には注意が必要です。
例えば、
吠え続ける、遠吠えをする、
ドアや窓を激しく引っかく、
物を壊す、落ち着かず歩き回る、
パンティングや流涎がみられる、
普段は問題のない犬が留守番中に排泄してしまう――
などの行動がみられることがあります。
大切なのは、
「飼い主のそばにいたがるか」ではなく、
「飼い主と離れたときに強い苦痛を感じているか」
という点です。
気になる行動がある場合には、
留守番中の様子をペットカメラで撮影しておくと、
動物病院で行動を評価するときにも役立ちます。
ずっと一緒にいたいのには、理由がある
犬が私たちのあとをついて歩く理由を、
一つだけに決めることはできません。
安心できる相手だから。
何をするのか知りたいから。
散歩やごはんを期待しているから。
そして、単純にそばにいることが好きだから。
犬によって、その理由や程度は違うでしょう。
ただ、研究から分かってきたことの一つは、
犬にとって飼い主が
周囲の世界を探索したり判断したりするときにも
重要な存在になり得るということです。
今日もあなたが立ち上がった瞬間、
後ろからトコトコついてくる愛犬。
「またついてきた」と思ったら、
ちょっと振り返ってみてください。
その犬は、あなたが次に何をするのかを
一生懸命観察しているのかもしれません。
参考文献
- Horn L, Huber L, Range F.
The Importance of the Secure Base Effect for Domestic Dogs –
Evidence from a Manipulative Problem-Solving Task.
PLoS ONE. 2013;8(5):e65296.
- Merola I, Prato-Previde E, Marshall-Pescini S.
Social referencing in dog-owner dyads?
Animal Cognition. 2012;15:175–185.
- Merola I, Prato-Previde E, Marshall-Pescini S.
Dogs’ Social Referencing towards Owners and Strangers.
PLoS ONE. 2012;7(10):e47653.
- Ohkita M, Nagasawa M, Kazutaka M, Kikusui T.
Owners’ direct gazes increase dogs’ attention-getting behaviors.
Behavioural Processes. 2016;125:96–100.
※本記事は犬の行動・認知に関する研究をもとに、
一般の飼い主さま向けに壱岐動物病院が解説したものです。
犬の行動には個体差があり、特定の行動だけから犬の感情や
行動上の問題を判断することはできません。
留守番時に強い不安や問題行動がみられる場合は、
壱岐動物病院へご相談ください。

