猫をなでていると聞こえてくる「ゴロゴロ、ゴロゴロ……」。
目を細めて、気持ちよさそうにゴロゴロいっている姿を見ると、
「ご機嫌なんだな」と思いますよね。
もちろん、それは間違いではありません。
でも実は、猫がゴロゴロいうのは
「うれしい」「気持ちいい」ときだけではありません。
猫は人に甘えているときだけでなく、
食べ物を要求するときや、
緊張しているときなどにもゴロゴロいうことがあります。
さらに興味深いことに、
「そもそも、あの低い音をどうやって出しているのか?」
という仕組みについても、近年新しい研究が発表されています。
ゴロゴロ=「幸せ」とは限らない
飼い主さんが一番よく耳にするのは、
猫がリラックスしているときのゴロゴロでしょう。
なでてもらっているとき。
お気に入りの場所でくつろいでいるとき。
飼い主さんの膝の上にいるとき。
こうした穏やかな社会的接触の場面で、
猫がゴロゴロいうことはよく知られています。
しかし、猫のゴロゴロは
一つの感情だけを表す音ではありません。
猫の発声についてまとめた研究では、
ゴロゴロは友好的な社会的接触だけでなく、
何かを要求する場面など、
複数の状況でみられることが報告されています。
また、ストレスや痛みを伴う状況でも
ゴロゴロがみられることがあります。
つまり、
「ゴロゴロいっているから大丈夫」
とは限らないのです。
子猫もゴロゴロいう
ゴロゴロは、成猫になってから始まる行動ではありません。
子猫は非常に幼い時期からゴロゴロ音を出し、
母猫との近距離でのコミュニケーションにも
使われていると考えられています。
母猫と子猫が密接に接触する授乳期にも
ゴロゴロはみられます。
そのためゴロゴロは、
単なる「喜びの声」というより、
猫同士が近い距離で関係を保つための
コミュニケーションの一つとして考えることができます。
「ごはんちょうだい」のゴロゴロもある?
さらに面白い研究があります。
2009年、McCombらは、
猫が食べ物を要求しているときのゴロゴロ音と、
要求していないときのゴロゴロ音を比較しました。
すると、食べ物を要求するときのゴロゴロには、
通常の低いゴロゴロ音の中に
より高い周波数の音成分が含まれていました。
その音を人に聞かせると、
猫を飼った経験のない人でさえ、
食べ物を要求しているときのゴロゴロを
より「切迫した音」と評価しました。
つまり猫は、
いつも全く同じゴロゴロ音を出しているわけではありません。
状況によって音の特徴を変えながら、
私たち人間に何かを伝えている可能性があるのです。
ところで、ゴロゴロ音はどうやって出しているの?
ここからが、さらに不思議なところです。
猫のゴロゴロ音は非常に低く、
基本周波数はおよそ25~30Hz程度です。
しかも猫は、
息を吐くときだけではなく、
吸うときにも吐くときにも
連続してゴロゴロ音を出すことができます。
長い間、猫のゴロゴロ音は、
脳からの神経信号によって喉頭の筋肉が周期的に収縮し、
空気の流れを細かく変化させることで生じる、
という仕組みが有力とされてきました。
ところが2023年、
この考え方に新しい知見を加える研究が
学術誌 Current Biology に発表されました。
神経がなくても「ゴロゴロ」の周波数が出た
Herbstらの研究グループは、
8頭の猫から得られた喉頭を用いて、
空気を流したときに声帯がどのように振動するかを調べました。
驚くことに、
神経からの指令や筋肉の周期的な収縮がない状態でも、
すべての喉頭で
猫のゴロゴロ音に相当する低い周波数の
自律的な振動を生じさせることができました。
さらに猫の声帯には、
最大約4mmの特殊な結合組織の構造が存在することが知られており、
研究者らは、この構造が猫の体の大きさからすると非常に低い
ゴロゴロ音を作ることに関係している可能性を示しています。
つまり猫の喉そのものに、
低い音を出しやすい物理的な仕組み
が備わっている可能性があるのです。
では、昔の説明は間違いなの?
ここは少し注意が必要です。
2023年の研究は、
「生きている猫のゴロゴロ音には神経や筋肉が関係していない」
と証明した研究ではありません。
研究者らも、
従来考えられてきた神経・筋肉による制御を
完全に否定しているわけではありません。
実際の猫では、
声帯そのものが振動しやすい物理的な仕組みと、
神経・筋肉による制御の両方が関係している可能性
があります。
私たちにはとても身近な「ゴロゴロ」ですが、
その発生メカニズムには、
まだ解明されていない部分が残っているのです。
「ゴロゴロいっているから痛くない」は危険
動物病院として、
ぜひ覚えておいていただきたいことがあります。
猫がゴロゴロいっていることだけを理由に、
「この子は痛くない」「体調は大丈夫」
と判断しないでください。
猫の痛みを評価するときには、
ゴロゴロ音の有無だけではなく、
姿勢、表情、活動性、食欲、
人との関わり方、隠れる行動、
触ったときの反応などを総合的にみる必要があります。
いつもと違って動かない。
食欲が落ちた。
隠れて出てこない。
触られるのを嫌がる。
呼吸がおかしい。
そんな変化があるのにゴロゴロいっている場合、
「ゴロゴロ=ご機嫌だから大丈夫」
とは考えないようにしましょう。
ゴロゴロは、猫からのメッセージ
猫のゴロゴロ音に、
「これが唯一の意味です」という答えはありません。
リラックスしているのかもしれません。
飼い主さんとの社会的な接触を楽しんでいるのかもしれません。
何かを要求しているのかもしれません。
そして、ときには体調が悪い状況でも聞かれることがあります。
だから大切なのは、
ゴロゴロという音だけではなく、
そのときの猫全体を見ること。
表情は?
姿勢は?
しっぽや耳は?
食欲は?
いつもと行動が違わない?
そんなことを一緒に観察すると、
いつもの「ゴロゴロ」が
少し違って聞こえてくるかもしれません。
次に愛猫が膝の上でゴロゴロいい始めたら、
ぜひ少しだけ耳を澄ませてみてください。
その小さな振動には、
私たちがまだ完全には理解していない
猫のコミュニケーションの世界が
隠れているのかもしれません。
参考文献
- Herbst CT, Prigge T, Garcia M, Hampala V, Hofer R,
Weissengruber GE, Svec JG, Fitch WT.
Domestic cat larynges can produce purring frequencies without neural input.
Current Biology. 2023;33(21):4727-4732.e4.
- McComb K, Taylor AM, Wilson C, Charlton BD.
The cry embedded within the purr.
Current Biology. 2009;19(13):R507-R508.
- Tavernier C, Ahmed S, Houpt KA, Yeon SC.
Feline vocal communication.
Journal of Veterinary Science. 2020;21(1):e18. - Merola I, Mills DS.
Behavioural Signs of Pain in Cats: An Expert Consensus.
PLoS ONE. 2016;11(2):e0150040.
※本記事は猫の行動・発声に関する研究をもとに、
一般の飼い主さま向けに壱岐動物病院が解説したものです。
ゴロゴロ音だけから猫の感情や健康状態を判断することはできません。
食欲低下、活動性低下、呼吸の異常、痛みを疑う行動など、
普段と異なる変化がみられる場合は壱岐動物病院へご相談ください。

