猫伝染性腹膜炎 (FIP)

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猫伝染性腹膜炎 (FIP)とは?

 猫伝染性腹膜炎:FIP(ねこでんせんせいふくまくえん:エフアイピー)は、猫に腹膜炎などを起こすウイルスによる病気です。1963年に初めてアメリカで報告されました。多くの猫がこのウイルスに感染する(通常40%、多頭飼育なら90~100%)と言われていますが、ウイルスに感染しただけでは発病しません。しかし、一部の猫(12%程度)で、ストレス(過度な多頭飼育、出産、栄養不良、猫免疫不全ウイルス:FIV感染猫白血病ウイルス:FeLV感染、手術など)やその他遺伝的要因などのファクターが一緒になって発病するのだと考えられています。約7割の猫が1歳未満で発症し、ほとんどが2歳未満です。しかし、稀ですが高齢でも見られる病気です。

猫の死亡原因の0.3~1.4%[7]がこの病気だと言われていて、発症した場合の死亡率は95%とも言われます。特に、シェルター、保護猫団体、多頭飼育家庭など、猫を多頭飼いしている環境に多く見られるとされています。また、未去勢の雄猫に多い、雑種より純血種に多いという報告がいくつかあります。

猫伝染性腹膜炎 (FIP)の原因

 猫伝染性腹膜炎(FIP)の原因は猫コロナウイルスです。但し、このウイルスは感染してもほとんど病原性が無く、通常は無症状か軽い下痢程度です。日本にいる多くの猫が猫コロナウイルスの感染経験があると考えられています。主な感染経路は糞便や唾液の経口感染です。母子感染もしますが稀だとされています。また、ペットオーナーの衣服や靴を介して間接的に感染することも知られていますので、注意が必要です。そして、この普通の猫コロナウイルスが、運悪く猫の体内で突然変異を起こすと、強い病原性を持つ猫伝染性腹膜炎ウイルスになると考えられています。
​​​​​ ​​​​​​​​​人の呼吸器疾患で問題になる、SARS、MERS、新型コロナウイルス(2019-nCoV)は同じコロナウイルス科ですが、ベータコロナウイルス属で、猫伝染性腹膜炎のコロナウイルスはアルファコロナウイルス属ですので、型が違います。

猫伝染性腹膜炎 (FIP)の症状

 元気消失食欲不振発熱(56%)、リンパ節の腫脹、黄疸などが見られ、徐々に痩せてきます。ただ、これらは非特異的症状といい、どんな病気にでも見られるので、これらだけで診断することいは難しいことです。

 代表的な症状としては、病名の通り腹膜炎が一番多く、腹水により腹部が膨らんでぶよぶよした感じになります。特に多頭飼育環境で具合の悪い若い猫(2歳以下)に腹水が見られたら、非常に疑われます。ただし、高齢の単独頭飼育の猫でも見られるので年齢や飼育環境だけで否定できないのが診断の難しいところです。

 腹膜炎が起こったものをウエットタイプと呼びます。また下痢が続くこともあり、肝機能や腎機能が悪化し、全身的に重篤な病気になりやすいものです。ウエットタイプ(全体の75%)以外では、ドライタイプと呼ばれる型があり、腹膜炎は起こらず腎臓や肝臓に肉腫(しこり)ができ、機能障害が起こります。また、さらに脳に病気が起こると、麻痺などの神経症状が出ますし、眼ではぶどう膜炎や失明、出血などが起こる場合もあります。ただ、一般に、発病した場合はその後徐々に進行する傾向にあり、特に貧血や神経症状のあるものは死亡率は非常に高い(95%以上との報告)とされています。

猫伝染性腹膜炎 (FIP)の診断/検査

 問診、身体検査、血液検査血液化学検査などから疑います。他の病気との鑑別のために、必要に応じてレントゲン検査超音波検査AFAST®︎TFAST®︎などが有用)、腹水や胸水の検査、脳脊髄液検査などが必要になることもあります。特にドライタイプは腹水というこの病気を代表する症状が見られないため診断が非常に難しく、時間もかかります。FIPの抗体検査は診断の基準になりますが、判断は慎重に行う必要がります。なぜなら、多くの猫は抗体陽性でも発症しないからです。すなはち、抗体陽性であっても発症しているとは言えないので、他の症状などと総合的に判断する必要があります。[7]

猫伝染性腹膜炎 (FIP)の治療

 FIPは未治療な場合、致死的(死亡率95%)な疾患です。今のところ確実に有効な治療方法はまだ見つかっていないので、症状を和らげる対症療法や支持療法が主体となりますが、多くの場合、発症すると数日から数ヶ月で亡くなります。
 未承認の抗ウイルス薬に関する研究がいくつか行われていて、延命効果など出ていると結論づけられたものもあります[8][9]ので、今後に期待です。ただし、治療費はかなり高額になります。

猫伝染性腹膜炎 (FIP)の予防

 海外ではワクチンがあるようですが、国内では承認されていません。また、そのワクチンの効果も疑問視されているようです。
 発症のリスクファクターとしては、多頭飼育(特に6頭以上だと急激にリスクが増すという報告があります)、ストレス(手術、免疫抑制治療、ワクチン接種、消化器疾患、上部気道疾患、旅行、引っ越し、新しい家族が増えるなど)が言われていますが、これはもうその子、その子で違うので、なかなか予測は難しいでしょう。ただし、根本的には多頭飼育環境がこの病気を誘発する可能でいが高いので、あまり多くの猫を同じ環境下で飼育することはお勧めしません。
 また、未去勢の雄猫はリスクが高いという報告がいくつかありますので、去勢手術をすることは発症の予防になるのかもしれません。

猫伝染性腹膜炎 (FIP)の看護/その他

 猫コロナウイルスは乾燥した環境では7週間は存在できることが報告されています。ですので、猫のトイレやおもちゃ、敷物、靴などを介して感染が広がる可能性があります。また、実験的には糞便などからの経口感染だけでなく、経皮感染も確認されていますので注意が必要です。但し、このウイルスはあまり強いウイルスではないので、消毒剤(アルコールなど)や家庭用洗剤(次亜塩素酸ナトリウム)、60℃以上の食洗機で熱湯洗浄などで消毒できますので、こまめな掃除、消毒が重要となります。
 FIPは非常に厄介な病気です。まず、診断をするのが非常に厄介です。なぜならほとんどの猫が原因であるコロナウイルスに感染しているため、各種検査で陽性となってもそれだけでは診断にならないからです。また、腹水があっても本当にその原因がコロナウイルスなのかを判断するのが難しいことがあります。ましてやドライタイプと言われる腹水が見られないFIPだと益々診断は難しくなります。さらにFIPに対するワクチン(※日本では)や特効薬もなく、最近効果が報告されている薬剤も高額だからです。

 そのため、安易に猫を多頭飼育しない。多頭飼育しているシェルター、保護猫団体、多頭飼育家庭などからの入手は慎重に行うことが重要です。特にすでに猫を飼育している場合(特に2歳以下の子猫を飼育している場合)は、発生が見られるような施設や不特定多数の猫が集まるイベントなどには安易に近づかないことをお勧めします。

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参考文献・資料等
  1. 猫感染症研究会ABCDガイドライン 猫伝染性腹膜炎[PDF]
  2. 伴侶動物治療指針 Vol.1; 56-60:猫伝染性腹膜炎(FIP)の治療
  3. How to インターフェロンネコIFN -ωの効果 猫伝染性腹膜炎
  4. 猫の診療指針 Part3; 48-52:猫伝染性腹膜炎(猫コロナウイルス感染症)
  5. Feline Infectious Peritonitis
  6. Feline Infectious Peritonitis
  7. 2022 AAFP/EveryCat Feline Infectious Peritonitis Diagnosis Guidelines
  8. Efficacy of a 3C-like protease inhibitor in treating various forms of acquired feline infectious peritonitis
  9. The nucleoside analog GS-441524 strongly inhibits feline infectious peritonitis (FIP) virus in tissue culture and experimental cat infection studies
  10. Efficacy and safety of the nucleoside analog GS-441524 for treatment of cats with naturally occurring feline infectious peritonitis
  11. Abdominal ultrasonographic findings of cats with feline infectious peritonitis: an update
  12. Ettinger’s Textbook of Veterinary Internal Medicine 9ed CHAPTER 200: Coronavirus Infection
  13. Feline Infectious Peritonitis: European Advisory Board on Cat Diseases Guidelines

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<1>猫伝染性腹膜炎の診断マーカーとしてのパラオキソナーゼ-1の役割 
<2>コンパニオンアニマルにおけるコロナウィルス感染: ウイルス学、疫学、臨床的および病理学的特徴 
<3>Mutian X の経口的投与により消失した猫の糞便中コロナウイルス排泄
<4>ウイルス感染の可能性のある経路としてのトムキャットの生殖管における猫コロナウイルスの存在に関する予備調査
<5>カナダ西部の飼育猫およびシェルター猫から検出されたネコ腸内コロナウイルスおよびネコ伝染性腹膜炎におけるスパイク蛋白質の有病率および変異分析
<6>猫コロナウイルス抗体検査の有用性
<7>臨床的に困難な猫の伝染性腹膜炎症例に対する鑑別診断検査のパフォーマンス 
<8>mRNA RT-PCRによる猫の血液サンプルにおける猫コロナウイルスの検出
<9>無症状の猫コロナウイルス(FCoC)感染猫における血清α1酸性糖タンパク(AGP)濃度 
<10>猫伝染性腹膜炎に関連して持続的勃起症を起こした去勢猫の1例 
<11>猫伝染性腹膜炎に関連した発作の回顧的分析 
<12>猫伝染性腹膜炎の診断のための肝臓および腎臓の針吸引生検およびTru-cut生検の診断精度  
<13>獣医科付属病院で診察を受けた猫における猫伝染性腹膜炎の疫学
<14>猫伝染性腹膜炎に罹患した猫における乳び腹水
<15>猫コロナウイルスに感染した猫および猫コロナウイルスに非感染性で特異的病原体を保持しない健常猫の血液中サイトカインについて
<16>FCoV自然感染: FIPを呈する猫は健康な感染猫よりもウイルス量が有意に高い
<17>特定の猫種における猫伝染性腹膜炎の罹患率 
<18>滲出型猫伝染性腹膜炎の猫の腹水中の猫コロナウィルス抗体、猫免疫不全ウィルス抗体、猫白血病ウィルス抗原の決定
<19>猫伝染性腹膜炎(FIP)に罹患している猫における循環血中リンパ球サブセットの変化: 病因学的役割および診断的意義
<20>経鼻投与FIP弱毒生ワクチン(Primucell-FIP)の安全性と効果に関する評価
<21>FIPおよびFIVウィルスに併発して生じた猫のコロナウィルス関連性血管炎に伴う皮膚病変 
<22>無毒性猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)-UCD1で免疫後、強毒性FIPV-UCD8に試験的暴露させた猫における臨床経過とサイトカイン反応  
<23>猫伝染性腹膜炎(FIP)の猫における猫AGP関連性タンパク(fAGPrP)の組織分布
<24>猫コロナウイルス抗体の院内検査法の評価
<25>猫伝染性腹膜炎に対する猫白血球抗原クラスⅡの多形性と感受性
<26>神経型猫伝染性腹膜炎における炎症およびサイトカインレベルの変化
<27>FIP,FeLV,FIV : 診断の確立
<28>コロナウィルス感染に関連した猫の精巣炎 
<29>臨床的に神経型猫伝染性腹膜炎と診断された猫におけるアデノシンヌクレオシド類似体GS-441524を用いた抗ウイルス療法 
<30>病理組織学的に確定された神経型猫伝染性腹膜炎24頭における臨床病理学的特徴および磁気共鳴画像法所見
<31>あなたの神経学的診断は何ですか?
<32>猫伝染性腹膜炎の動物間流行発生時の猫コロナウイルス株の系統学的解析
<33>伝染性腹膜炎の猫の生存期間とQOLに及ぼす猫インターフェロンωの効果 
<34>猫伝染性腹膜炎 
<35>猫において中枢神経症状を示す猫伝染性腹膜炎の診断に対する脳脊髄液の抗コロナウイルス抗体検査の利用
<36>猫伝染性腹膜炎の診断に対する鑑別試験の比較 

[WR2302,VQ2202:FIP]

この記事を書いた人

福山達也